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打サミありがとう

メタルギニーはギニアのこの写真の会社「ギニア製鉄」の看板からもらった←勝手に

日本だと著作権とかなんとかあるけど、ギニアの名前を付けて日本で太鼓叩いてる事をギニア人も喜んでくれるからまあいいかと思ってる。

メタギは高ギニーが中心となり色々な出来事が繰り広げられて早11年が経ったわけだけど、やっぱりバンドを根気強く長年運営した事がある人は「分かるよ」って言うと思うが、本当にいろんな事がある、いい事も良くない事も。いい思い出があるからバンドって続くと思うけど、残念ながらそれだけじゃ続かなくて、現実はハッピーだけじゃない。

他のメンバーの色々な問題も考えたり、仲間同士の関係とか音楽の方向性とか、時にはお互いの信頼関係が切れそうになったり、気持ちが離れる人がいたり、繋ぎとめる事があったり。

年齢的にも30代から40代、人生の大きな節目や転機を迎える時期。自分の人生と音楽に向き合える時間が上手くかみ合わなくなってきたり、大変になってきたり、それぞれの状況がある中でもやっぱり生きる糧に太鼓を叩く時間があったり、確認できる瞬間があったりもする。プレイヤーとしても今までは見えなかった壁が見えて来たり、それはそれでうれしい事だけど。

バンドがある裏にはみんなが良くなるように頑張ったり、時にはその努力も虚しく、バラバラになってしまったり。ずーっとみんなの気持ちがまとまってるわけではないから、とにかく継続することの難しさとその苦労ははかり知れなくて、バンドの中心となって続ける事は心身ともにかかる苦労を背負っての事だと身を以て感じている。分かる人には分かる事。それを経験してきた人にはね。だから今回の打サミ復活の裏にはいろんな事が今まであっただろうと考え深かったのだ。

どのバンドにもあるだろうけど、メタギはここ数年間は本当に過渡期というか、辛い時期でもあった。家族の様に一緒にいた仲間が色んな状況で一緒に出来なくなってしまったときは、心にポカンと穴があいたようだった。隣にいる高ギニーの寂しそうな顔を見るのが辛かった事も何度もあったしね。そんな時でも前を向き続ける姿に自分も元気付けられてきたんだと思う。一時はメンバーが全員いなくなってしまった時期もあって、そんな時でも彼のやっぱり自分を信じて音楽と自分に純粋に向き合ってる姿は強くて、やるべきことをやって前に進む。

昔は苦労だと思ってたことは今は平気だったりして、自分達自身も気が付かないうちに成長させられてんだなあって思う。私たちが見てるところは自分たちの体と心と、日本やアフリカにいる師匠たちにもらった大切な事だから、それは音楽にぜひ生かしたい。

そして太鼓は人生。そうやって生きられるって事の幸せを時々立ち止まってじっくり味わえる、それは自分達へのご褒美かなっとも思う。今回も沢山ご褒美もらえました♪打サミ感謝してます^^

そう、週末に3泊4日で大阪で開催されたジェンベ打サミットに行ってきた。あーゆー大きなジェンベのeventってここ最近はあんまりなくてさみしいなあと思っていたところ、ようくんが声をかけてくれて、飛んで行ったわけです。きっとすごい盛り上がるんだと思ってワクワクして夜も寝れないくらい笑。

このイベントはメタギは初出演。

もう6回目だって聞いたけど今のタイミングでAFRICANの皆が集まるeventに呼んでもらった事もうれしい。私たちはきっと一番フレッシュな気持ちで参加したんじゃないかと勝手に思うくらい、新鮮だった。でも実際は着いたらみんな他の出演者もソワソワしてて、普段のeventでは見ない、緊張してる感が楽屋で見れたり、緊張しすぎて八つ当たりしてる人とか笑、緊張してウロウロしてる人とか、メンバーで黙って立たずんでるチームとか見て、そんな感じも久しぶりで楽しかったなあ。人間多少の刺激や痛みがあった方が輝ける、みたいな。

私も大きなステージって慣れないからちょっとドキドキしたけど、ステージ行ったらそこに流れる空気がすごくいい空気で、それを全部一気に吸い込んだ。一瞬で体から力が抜けた。あーゆーのって頂きものみたいな感じがして有り難みがある。それに体が喜んでるのが分かった。

会場全体にもいい気が流れていたし太鼓の力ってホントにすごいなあと思いながら、そして、自分達がステージに上がる前にliveをやっていたバンドも会場を盛り上げていて、みんなのそれぞれの想いが集まっていて、いい感じのピりり感と、強いパワーが渦巻いていた。

メタギ過渡期がずーと続いていた中での今回の打サミ徴収。でも今回このタイミングでのようくんからのお呼ばれ、これはメタギ太鼓叩きに来てよって呼ばれてる気がして、じゃあ太鼓叩きにいこうか、みたいな感じで、そしてここんとこ数年間は一緒に活動はできてなかったよっしーがまた最近、鮭の様にバンドに戻ってきたこともあって、今回打サミにはメタギ初期の頃から一緒にやってきた3人での出演の流れが来てると思いこんで3人で行った。その思い込みは最高な形で実現した。

私から見ても2人は本当に長い間一緒に太鼓を叩いている。しかもお互いジェンベソリストとかじゃなく、ドゥンドゥンとサンバンの関係で。もし何も知らない人が2人の太鼓を聞いてもすぐ踊り出すと思うけど、今回はその歴史を一緒に節目節目で歩んできた遠方の友達が見てくれていた。私もそれを見てほしかったし。

二人のドゥンドゥンとサンバンを聞いて、「2人の音から、どれだけ長い時間一緒に過ごしてきたんだと思うと・・・」って目頭を押さえてくれた友達もいた。

今思えば今回、主催のようくんがひと肌脱いでeventを再稼働させた事も自分達の力になった事は事実だと思う。現場に着いてからは主催者の誰より機敏な動きと楽屋で時々見かけた疲れてるから話かけないで、もうすぐテンション上げていかなきゃなんないからみたいな、ペース配分とかも笑っちゃったけどホントは頭が下がる想いでしたよ。

あーゆーeventをいい形で、無事に最初から最後まで来たお客さんと出演者みんなを楽しませてくれた、ようくん夫妻と、その周りのスタッフのみんなには心から感謝してます^^

東京でも熱いeventやってほしいなあ。だれか、だれか・・・

そしてメタギは3人のバンドってわけでもなく、ここ数年過渡期って書いたけど、過渡期は過渡期なりのいい出会いがあったりして、他にもメンバーいます。大阪に3人で行ったら「あれ、ギターの彼は」とか「ユースケは」とか聞かれたりしたこともちょっとうれしかった。次はみんなで行きたいなー♪いいメンバーに恵まれてこれからも楽しく音楽続けて行きたいなと改めて感じさせてくれたようくん!!おっくん、ありがとう!

大阪あまり行かないけどさ、わざわざ赤子がいるのに駆け付けてくれたおきぐとさきや! 会えた事が今後しばらくの私のエネルギーになってくれることは間違いなし 私もちょっとはあげられたかなエネルギー

お互い熱く頑張ってたあの頃からの大事な友達!!何にも云わずともほっかほかな気持ちになれるよ。他にも沢山心に残る再会をホカホカに胸にしまって千葉に帰ってきたよ。

「ワサワサー」ってliveで初めて言ったけど、懐かしねって言いたかっただけだからー

気持ちいい〜♪って言葉が日々でるようになったからなのか、からだの事を考える時間がどんどん増えたせいなのか、 〇〇がイタイ とか 疲れやすい とか 

頻繁に耳にしていることにはっと気が付くようになりました。お疲れの人が多いんだなあ〜といつも思います。

人間の不思議 は 心と体は1つ 聴力と体もまた1つ エネルギーは云わばすべての感覚を敏感に野性的にさせる源だと 気が付きました。

なので良質なエナジーを得る事が出来るのであれば、 それは 生きる喜びに直結するという事になります。

 

先日、柏ナーディスというジャズミュージシャンはご用達のbarでメタルギニーが縁あって出演することに。

坂入さんはコラのおじさん、って思ってましたが、そうそう、この人6〜7年前まで一緒に太鼓叩いていたんだっけ。

このおじさんとの久しぶりの音楽での再会の場にもなってうれしかった。

メタルギニーは一体何をやっているのか?このナーディスで炸裂させようじゃないかという、自分達的には超楽しみな企画でもありました。

私たちは音楽の内容でバンドや自分達を表現することに長い間、疑問を感じていた時期もあり 

今はもちろん そこから打開しスッキリ★

初めてアフリカ行った頃から一緒に音楽をやってきた仲間と出せる音は誰に何と言われようと特別だ。

疑問を感じながらも前に進んでいた時期に得た事ってのはきっと少し成長した今の自分だろう。

今のメタルギニーがある事を来てくれた人全員に

見てもらえたLIVEだった。Specialな時間!サイコ〜なLIVEだった。

その日の夜は私たちもメンバーもお客さんも興奮して眠れなかった!これはすごい!

体が得る事の出来る膨大なエネルギーは幸福心と体の意識がリンクした時に永遠に解き放たれる。

アフリカ人が太鼓叩いて幸せって言ってる事の意味を 間違えた解釈で納得している人が大勢いると思う。

その本質をしっかり体で感じたらきっと太鼓の世界で楽しく会話が出来る。

太鼓ってすごいねえ〜。太鼓に幸せ沢山もらってるね〜。みんなもっと太鼓叩こうよ!って何の気もなしに大声で言いたくなる。

だって本当にすごい力を秘めてるから。人間の不思議と太鼓は自分の中でしっかりリンクしている。

旦那の太鼓は私を別世界へと連れて行ってくれる!!

ポケモンGOに振り回されてる人、フェイスブックで友達作ってる人もとりあえず人と会って現実の世界で太鼓叩こうよ

私が見たセネガルとガンビア
今年はセネガルに行ってきました♪ 

セネガルは2回目の渡航、私たちはいきなり超高級エリアに行ってしまったらしく、着いた途端、めちゃめちゃ都会!!

思い描いている「アフリカ生活」とは真逆のヨーロッパlifeの様な生活スタイル。

綺麗すぎる家におしゃれなベーカリー、インターネットが出来るハンバーガーSHOPがひしめき、高級な家やモーテルが立ち並んでいた。

「ここアフリカ??」って思うくらいの便利な生活に、到着したその日から戸惑いが。

別に不便な生活を好んでいる訳でもないけど、すっごい便利な毎日は正直、少し退屈?な感覚もあった。

更に綺麗な住宅が並ぶエリアなので、その辺で太鼓とかあまりやっていないし!!artistが沢山いるエリアまではタクシーで行かなければならず、

まあ、「便利で綺麗だけど退屈なエリア」に来てしまったと到着して数日で気が付いた。

そうは言っても、到着して地図もなく、知り合いも少ないので色々とリサーチするのにも時間がかかり、自分達の行動範囲が広がっていくまで結構大変だった。

セネガルは海が近いので皆、砂浜へきてはスポーツをしたり体を鍛えることをしている。

セネガル相撲の選手なんかもすぐ近くで後ろ向きうさぎ跳び等をして鍛えているのが見れる。

色々なアーティストが開催するツアー(太鼓とdanceの)のワークもこの砂浜で開催されているので、海辺を歩いているとあちこちから太鼓の音が聞こえてくる。

砂浜で人目も気にせずひたすら鍛える、セネガル人のとても素晴らしい習慣だと思う。

私は日本ではあまり外で体を鍛えたりはしないけど、外で運動するっていいなと思った。



高級エリアでのセネガルライフはすぐに飽きてしまい、途中でガンビアへ行くことにした。

ガンビアまでの道のりは話では6時間くらいとかって聞いていたけど、実際は10時間くらいかかった。

途中、2つの川を船に車ごと乗りこみ渡る。これが想像以上に大変だった。船が1つしかなく、往復するのだが乗りたい人が多く、沢山の車が並んで待っている。

3時間炎天下で待たされてようやく乗る事が出来た。

待っている間は特にやる事がないので散歩したり、韓国の会社の敷地内に勝手に入りこみ快適な場所を見つけて暑さから逃れたりしながら時を待った。

川で細い釣り糸を手で持ち、小魚を釣ってる子供と話したり、待ち時間はそれぞれ適当にすごし、また船に乗り込むときには同じ車で移動してきたメンバーが

妙に団結してみんなで一緒に乗り込んだ。メンバーが揃っていないと向こう側に着いてからも出発出来ないからだ。

国境は2つ目の川を越えてすぐの町にあった。セネガルのビザは日本人は必要ないって事を説明してもなかなか分かってもらえすセネガルを出るのも大変だった。

ガンビアへ入るのは簡単にビザを買う事が出来た。ビザ代は日本円で8000円と高かった。正規の値段だから仕方ない。

2年ぶりのガンビアへついに来た!!テンション上がりっぱなしで前にstayしていたファジクンダという町を目指してタクシーをチャーターした。

懐かしい風景が広がり、会いたい人の顔が浮かんだ。前回のガンビアでお世話になっていた先生とそのfamilyの家に早く行きたかった。

到着した時間が夜9時とmarketが閉まるくらいの時間だった。到着してすぐ、高ギニーのサンダルの鼻緒が切れた。歩けないしサンダル探しに行かないと・・・!

暗いし足元は舗装されていない凸凹道だったので、2人でヘットライトを照らしながらmarketの中の方まで探しに行った。

サンダルエリアに到着し無事に買う事ができ、さあ、これからどうしよう?!と大きなバックパックを背負って歩いていると、なんと前回来た時の太鼓のティーチャーが

目の前にいた!前回は何人か太鼓の先生がいて、そのうちの1人のコロというサバールウォルフの太鼓叩きだ。

向こうが先に気が付いて「TAKAGI!!MIKA!!!」と声をかけてきた。私たちは驚きと喜びのあまり思わず走っていって抱きついた。

真っ暗で到着したばかりなのに、なんてタイミングなんだ!!こんなことってあるんだなと感動した。

コロは私たちを心配して、近くに泊まる場所を手配してくれた。連れて行かれた場所は前回住んでいた一番沢山一緒にいた先生のfamilyの家から歩いて10分くらいの場所だった!

これもすごい偶然だった。私たちが行きたい場所に神様が連れて行ってくれたと思った。

荷物を置いてすぐにそのfamilyの家に向かった。夜遅い時間だったし、何の連絡もしていなかったので驚かせてしまうと思い、ちょっと躊躇したけど、やっぱり会いたくて

行くことにした。

周辺の道はしっかり頭に入っていたので迷う事なくすんなり到着。家の門を入る時もドキドキしながら2人で中へ入った。

先生とその奥さんが暮らす部屋は前回私たちが行った時はみんなでよくご飯を食べたり団らんしていた部屋だった。懐かしい!!

コンコン とノックをし、名前を呼んだ。

そして声も出ないくらい驚いた様子で、その後、大声で騒ぎだした。夜遅いのでどうしようかと思ったけど、もう手遅れ。

家族が次々と集まってきて、涙の再会となった。

ママは今日からここに住みなさい、お金はいらないから!高木も美香も私の子供だからと言って、部屋の準備をしようとしてくれた。

こうなるんじゃないかと予想はしていたけど、やっぱり思った通りの展開になって、やっぱりすごいうれしかった。

ここは本当にfamilyとして受け入れてくれるし、みんな温かく迎えてくれる。私たちのガンビアの家だ。

数日後にここへ引っ越すと約束して、とりあえず決めてくれた家へ戻った。

とても疲れていたけど、興奮して寝付けなった。明日は朝早くにコロが迎えにくると言っていた。

ガンビアライフが始まるんだとワクワクしながら寝た。




ディンクス

今年ももう終わりだね〜って最近よく聞くことば。

いやいや、あと1か月もある!!!って思うけど、まあ、確かに残りわずか1か月で2015年は終わることには間違いないもんね。

いつかの日記にも書いた事があるかもしれないけれど、24時間は誰にも平等に与えられた時間です。

でもAfricaにいるとその時間はとてつもなく長く、ゆったり流れている事に気が付いてしまう。

本当に一日が長〜い。

急いでる人なんてあまり見かけない。

走ってる人は体を鍛えてる人。走ってると言っても、半径1mくらいの狭いスペースをグルグル永遠と走っている。

なんとエコロジーな考え方だ!!と思う。

まな板を使わずに小器用に野菜をサクサク切る人たち、歩いてどこまでも行ける強い足腰。ギューギューで乗合のタクシー。

飲食などは出ずノンアルコールで盛り上がり続けるドゥンドゥンバ、マリアージュ。 人が腰かける為のための椅子と音楽があればどんな祭りも出来てしまう。

町を歩いてるだけで沢山の友達と会う事ができる。国民みんなで1つの音楽で盛り上がる事が出来る。

子供がわがままを言わず、大人の手伝い、来客のもてなしをしている。

完全なる年功序列で、年下は先輩への敬意を持ち、また後輩をしっかり指導したり導ける大人が大勢いる。

貧しい国ながらも若者は大きな夢を持って日々頑張れる事を知っている。

洗濯は一日に1回、大家族なら大仕事。手洗いで背筋はムキムキ。

ご飯は1日2回作る。昼作った残りを夜も食べる。お腹すいた仲間で分け合って。

太鼓とdanceはいつも練習する。交通費がなければ何時間も歩いて練習場を往復する。

そりゃ〜大変な国だけど、なんとも楽しく生きてる実感がわくのです。

そう 夢を持って生きてる人をAfricaで見る、これがまた何とも爽快な気持ちにさせてくれ、またとても人間として自然な姿に見えるし、夢を想うその目のキラキラしてる事!

そんな彼らと一緒に過ごす時間は本当に本当に力強くて毎日自分も頑張れる。でも、自分の国である日本では味わった事は殆どないのがとても残念。

先日、友人と自宅でギニアの映像を見ていた。2009年、自分がコナクリにいた時に亡くなったBOKAが太鼓を叩いてる映像で、沢山のダンサーが次々と踊りに出る。

若者からおばちゃんもいたが、みんな何と言っても体がすごい。これはAfricaだから激しいとか、強いとかでは片づけられない事態だ。

体があんなにも動けば、心身共にpowerが漲るのだろう。声が大きいのもきっと基本的な生命力が強いからだろう。

それは現地に行かないと分かりえない事だらけで、例えばユーチューブなどでは半分も伝わらない。

やっぱり映像とリアルは大きく違う。その国民的漲るエネルギーと団結力、自分を、夢を信じてるポジティブシンキングは、豊な国に生まれ育ったからと言って必ずしもそうなれるとは限らない。

あ〜やっぱり、行きたいな~今年も。と思うけど、最近は物騒だからねえ〜。。。

ところで、私はガンビアにdanceのティーチャーがいて、名前はディンクス。↓写真あり

ガンビア生活の半分以上、彼と過ごし様々な事を学んだ、めちゃめちゃ天然で一生懸命生きてる人。私に英語を教えてくれたり、ガンビアの事、言葉や習慣、踊り以外の事も色々教えてもらった。

彼の本業はコメディアン。町を歩いていると名前を呼ばれたり、皆が知ってるちょっとした有名人だ。

すごい貧乏で、ちょっとお金持ちの彼の友達の部屋に一緒に寝ている。私も一日半分くらいはそこにいた。

DANCEはサバールもガンビアのdanceも両方教えてくれた。マンツーのレッスンはとても厳しくて、何度も挫折しそうになった。

唯一大事にしていた革靴が壊れて、底が取れても、スリッパみたいにして履いていた。「形が変わってもいけるぜ!」と言っていた。

家が大破して潰れても、いつか大きな家に直すんだと言ってた。

いつも笑って過ごせと私にいつも言ってたディンクスは、今どうしているのだろうと時々思い出す。電話も持ってないから2年間連絡が取れていないけど、きっといつかまた会えるんじゃないかと

思っている。

その時はガンビアで習ったディンクスが私に教えてくれた音楽の事、ダンスの事をちゃんと続けてるよって見せたいし、彼の屋根ごと壊れた家が無事に完成してる事を祈る。

新しく靴を買ってあげればよかったと帰ってから後悔したけど、彼は足がぶ厚くて強いから多分どんな靴でもどこまでも力強く歩いていることに違いないと思う。

guitarは弾けないけど、いつも大声で歌いながら、チューニングが合っていないguitarを片手に何か弾きながら道を歩いてるけれど、その潔さとリズムの綺麗さで音は音痴だけどすごくいい感じに

聞こえた彼のオリジナリティあふれた人柄が大好き。

そんな事をチラチラ思い出しながら、ニヤニヤしている自分にはっと気が付くと恥ずかしいけど、ホントにディンクスの様に生き生きとはつらつと、そして多少ボロボロでも明るく生きて行こうと思って

今年も年末まであと1か月。30日もある!やりたいこと、やり残してる事を1つづつやって、気持ちよく年越しをしたいなと思う。

 

そしてこの写真はディンクスが即興で作った音階めちゃめちゃな弾き語り。でも部屋にいたみんな超ノリノリ、外にいたおばちゃんまで踊りに乱入してくるほど盛り上がった時間!

ディンクスは本当に凄い人

 


秋の合宿が終わり

奥多摩合宿 お陰様で無事終了〜★

毎度ながら楽しい合宿になって毎度の事ながらはしゃぎすぎてしゃべりすぎて声が・・・・・。。

今回も奥多摩駅の近くの鉢の木旅館で散々やりたい放題の1泊2日でした♪ 鉢の木旅館は建て増し建て増しのとても味わいのある旅館。

多摩川の目の前の最高なロケーション!秋を満喫できました〜

 

WORKSHOPは今回も盛り上がり、充実しました〜!drummerの熱さとダンサーのやる気がいいエネルギーが集まってすばらしい相乗効果!

HAPPYな時間をみんなありがとう。

いつも合宿を支えてくれてる受付経理担当けいちゃん、そして必ずいつも来てくれるつくばのみんな、そして常連のメンバー、そしてsupportをしてくれるユウキンと樹、アンディくん。

そして我が心の友、ゆっこ。初めて来てくれた人も、遠方から来てくれた人も、本当にありがとうございました!!!

みんなに支えられて今年はメタルギニー結成して高木くんと私は10周年という事で、更なるチャレンジを試みて、お互いにまた少しは成長できた年になったのではないかなと思います!

元々一緒にやってたYOSSYも時々アンサンブルして、いい感じにみんなで音楽が出来る環境があったり、超リスペクトしてる大先輩と共に音楽をやらせてもらったり、楽しい事が積み重なると

それだけで幸せな気分になります。世の中、大変な時代に突入して私たちの未来、子供たちの将来も心配です。人と気持ちをシェアしたり、感動を共にしたり協力し合ったりする時間が自分にとっては

とても大切な時間です。そして、こんなに平和な気持ちで生活できる事は感謝すべき事だと本当に思って、これからも精進して行こうと思います★

みんな、お疲れ様でした〜〜!!!!

 

なんとも久しぶりのブログ更新です。この数か月、色々なartistを見たり習ったり、liveやったり、楽しい事三昧でしたが、このシルバーウィークも終わり、秋の気配を感じるようになりました。

夏は終わったなあと、毎年この時期に思いますが、衣替えも終え、我が家もばっちり秋支度。

衣替えって夏服をしまって冬服を出すことですよね、うちの旦那は夏服と冬服がほぼ同じなんで、衣替えというほどの作業が必要ありません。

言うなら冬もジパング、夏もジパング笑。なのです。

本人が好きなのだから仕方ないです。でも今年はちょっと冬服を着てもらえたらいいなと思います。

 

それはそうと、先日のAfricaneventはめちゃめちゃ面白かった!

メタルギニー御一行は初吉祥寺LIVEでした。今年のマリ渡航の際に出会った、よーすけさんのお店、バオバブ。マリでバイバイして以来の日本での再会!

すごいあったかい雰囲気の楽しいお店でeventも大盛況!ダラマンとの久しぶりの再会もあって、テンションは上がりっぱなし。

あんな風に楽しい空間はほんとにSpecialな時間!最高なliveになりました。よ〜すけさんありがとう!!!!

メタルギニー初のギタレレ&アコギのliveでしたが、マンデンのguitarと悠太くんのカラフルなメロディーが絡みつき、なんとも言えないいい感じ。

やっぱりこの2人のコンビは最高に好きです。

そして今後も楽しみ! クワクしますね〜。バオバブ!次回もみんなでドンちゃんやりたいです★

りんごや祭とジェンベバーガー(肉なし)も楽しかったです!来てくれた皆さんありがとうございました!

 

ギニアの音楽、マリの音楽、そしてセネガルの音楽、ガンビアの音楽、色々少しづつ知って、おもしろいなあとドハマリしてますが、

ギニアが独立した直後の70年代の映像を見た時は本当に感動しました。そこではあのファマドゥが超ムキムキマッチョで超イケイケに叩いてる超絶パフォーマンスに、

当時のスーパープレイヤーダンサーたちがいました。踊りの感じや太鼓の形はまるでギニアの村やマリの村の方の様にも見えて、今のコナクリのスタイルとは全く違ったものでした。

 

西アフリカでもギニアはセネガルより早くにフランスと決別した形で独立を果たした事は有名な話で、そんなギニアの独立後の音楽が世界に伝わってる事を考えれば、セクトゥーレ大統領の独立作戦は

少なからずとも大成功したのではないかと思いますが、セネガルはその後温和にフランスから独立をして今も昔も変わらず自由に流行の音楽が出来る国だという事が、ギニアやマリとは少し違う点なのか

な、と思います。あの、ただ事ではない映像はその頃のセクトゥレの功績証拠だと思うし、マンデンの人の身体能力の高さに驚きます。

それとは対照的にセネガルは流行のラテン音楽を独立後も自由に演奏できて、音楽が自由に広がっていったそうですが、今となればセネガルのPOPSの代表的ともいえるンバラは、

そのもともとあったラテン音楽にfunkやロック色を加えて独自のタマやサバールなどの楽器で自分達の言葉を使って表現した形が定着して出来たのかなと思うとなるほど〜と納得してしまう。

それは国にやらされて発展したのではなく、自分達で発展させた独自の音楽だ。

日本でAfricaの音楽をしてると、その背景とか意味を探る楽しみがあるけれど、それはAfricaの歴史であったりするので遠い事の様な気もしていた時もあったけど、実際に色んな国に行ってみると

よく分かるのです。

 

 

先日ドゥドゥ・ンジャイ・ローズが永眠したニュースを受けて、とても残念だったのはもちろん、それと同時に1つの時代が終わったのかなとも感じた。

セネガルのウォルフ族のグリオ家系の彼はセネガル音楽に多大な功績を残してこの世を去った。一度も会えなかった事がすごく悲しい。でもいつも映像みてた。

まとまりなく色々書いてるけど、音楽の背景と歴史を少なからずとも知る事が自分の楽しみだしなんだか旅をしてるみたいな気分にさせられるのです。

 

日本にも昔は文字も持たず言葉と歌で歴史を伝承していたという文化がある。

そしてそれはギリギリ、少し残っているけどこのシステムを継承出来るのはその部族の末裔だったり、関係がある人間だけだと思う。

でも日本とAfrica、やっぱり似てる事が多いのはAfricaを見た人はそう思ってると思う。

日本人の先祖はアフリカ人だったんだ!というある学者の記事を見たことがあるけど、まんざら嘘でもない?笑。

 

 

共通の事といえばセネガルと日本に「相撲」がある。

セネガル相撲は元々農耕民族のセレール族やジョラ族の収穫後の村祭りで行われていたので農村地帯では儀式に欠かせない事だったらしい。

日本でも元々は相撲は農耕儀礼だったのは知っていたから驚いた。

セネガル相撲は太鼓は欠かせない。

儀式的行事で神との交信で太鼓の音が天に届くように動物の皮が張られ、先祖が眠る土へ向けて下へ響く様に太鼓が地面にぴったり置かれて演奏されてるのかなと思ったりする。

土俵はないけど、村だと人だかりになり小さな円で相撲を囲んで応援すると聞いた事がある。

まわしは家族の誰か、女性がプレゼントするのだそうで、その女性が念を込めた布で挑むらしい。なんとも素敵な話。ちなみに今でも元々の農耕民族出身者が強いらしい。

 

 

日本人もそろそろ、就活前に自分の先祖の仕事を調べてその遺伝子を生かして発展させていった方がいいのではないか?

就活まずは先祖を知る、みたいな。

アフリカ人のグリオの「血から」を見るとホントにそう思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフリカの宝物

ここ最近は火山活動が心配な日々、今まで黙ってた山の神様がお怒りになられたのでしょう。

今、噴火(爆発)を控えている火山が日本に15近く、それ以上あるという、極めて異常事態が発生しているにも関わらず、世の中普通にまわってる。

火山が噴火するということは・・もしかしてもしかしたらまた大きな地震が起きるかもしれない・・・

最近、仲間で集まって避難グッズをバッチリ準備してる友人の話になった。ヘルメットまで準備していると聞いて、最初は笑ったけど、笑いごとではなないかもしれない。

 

現在も続く貧困と長年続いた奴隷制の歴史を持つAfricaの人はAfricaの血を受けて自分達の文化を伝承し続けている。

戦争に負けてアメリカの植民地となった日本はその恩恵を受けて高度成長をし、挙句、人類が未知の領域にまで手を出した。次世代にとんでもない粗大ごみを残した。

現代人は生きていくのが大変すぎて自由を奪われる。

そんな世の中に見えますが。

これからの世代の人を想うと心が痛みます。そしてこんな国に・・・って思う様な国でこれから生きていく自分達は本当に幸せなのでしょうか??

そんな事も言ってられないって言う人も、今はどんな事でも感じたことは言ったらいいと思います。

 

そんな世の中だからこそ〇〇しよう!みたいな営業トークはしません。

みんなで一つになって〇〇しよう!なんて事も正直興味ありません。

〇〇の様になる方法を教えましょう!なんて人様に言える立場でもありません。

私はただのAfrica好き。自分のバンドが好き。尊敬する人がいて、家族と信頼できる友達が好きなだけ!至って普通です。

96歳のおばあちゃんの言葉はいつも現実的。

「世の中金だぞ」

ばあちゃん。。。

なかなかズバッと言えないこのセリフ。

戦時中はおじいちゃんが満州にいて1人で切り盛りして築いた酒屋。病気もせずに家族を守り、たくましいばあちゃんを誇りに思うのです。

「酒飲みには酒屋は務まらねえ!」

私に言いますが、ばあちゃんは私が酒屋になるつもりだと時々勘違いするみたいです。

 

 

マリにいた時に子供がナッツを売りに来ていた。

ママは?「いない」パパは?「家にいる」

と言って、焼けるほど強い日差しの中の結婚式でずっと客が声をかけてくるのを待っていた。

パパは仕事がないらしい。まだあどけない顔をした女の子が、お米を買う為に働いている。Africaではこんな信じられない現実をよく目にする。

 

カシューナッツは村から来ていて、ナッツ1つと実1つがくっついていて、何やら可愛い形をしている。これが1つづつ木の実としてなっている。

2月半ば頃、実が赤っぽくなってきたら収穫し、ナッツを枝に持ち、実の部分を洗ってそのまま噛る。甘酸っぱくてジューシーで舌触りが変わっててとても美味しい!

marketに行くと良く見かけるのも2月から3月。ビタミン豊富だそうでみんな良く食べている。

取れたての物をその場で食べられる、とても贅沢だ。

アフリカの村ではマンゴーとかカシューナッツの森を中国人が買い取り、大量に収穫して運んで行ってしまう。

わずかなお金だけが村に入る。村は貧しい事が多いのでどうしようもないんだろう。

外国に食われてしまう資源の事も彼らはよく理解している。

それでも、

Africaは貧困?日本の方が貧困!Africa人は発展していない?日本人は退化している!

と日本に帰ってくると思うのです。

Africa人のシステムはすばらしく、「理にかなっている」。そのシステムは色々な場面で効果を発揮するのだ。

そして自分達の音楽と共に生きてる彼らは、今や世界の宝物なんじゃないかなと思うのです。

 

さあ、みんな災害の心構えと準備をしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイサタクヤテ

先日東京live、そしてつくば、町田、柏WORKSHOPと多忙だったアイサタの数日間のOFFの日に会いに行ってきました。

liveの時は体調を崩しながらも素晴らしい歌声を聞かせてくれたアイサタ、柏workの時は完全復活してまたもやグリオ炸裂!!

若くして成功しているダンサー、ダンスが好きで地元のバレエ団に所属している人や、幼少の頃からの英才教育で将来を見込まれて踊ってきたダンサー達とは

また違い、正真正銘のグリオ。

彼女の本業は歌。

これは学ぶこと多し!!

それはそうと、グリオって一言で言っても私たちが把握できない程沢山のグリオがいて、出身地だけでなく、その家系から受け継がれる伝統を守っていくわけで、

代々の祖父 祖母の出身、そのまた祖父祖母からずっと昔から繋がってきているもの。先祖の魂を受け継いでそして現代を生きるとても貴重な存在。

アイサタに会ってギニアの歌の事を色々教えてもらいました。

ギニアに限らず、西アフリカの歌とリズムはお祭りに欠かせないでしょ。

お祭りを盛り上げるのに必要とされているその歌はグリオが歌い上げ、その内容は子供の事だったり、童謡的なものだったり、歴史について語り継がれている事だったり、様々。

言葉のイントネーションから発音の仕方、意味や歌い方のテクニックまで、時間を過ぎても時計など1度も見ずに熱心に、とても詳しく教えてくれました。

ギニアでここ数年歌を習っていて、日本には自分の先生が身近にいなかったので、アイサタのレッスンはとてもとても心に響いて身に染みたし、自分がいつも躓いていた事や考えていたことを、

具体的に導いてくれた、そんなレッスンでした。

アフリカの歌が好きな人、アフリカの歌詞で歌いたい人にはとてもお勧めのクラスです。

アイサタの歌のレッスンはとても厳しい部分もあるけど、脳みそからっぽにしていくとイイと思います。

色々考えてるときっと上手くいきません。終わったころにはぐったり、です。

これからもこういった貴重な人が日本に教えに来てくれる背景に、どんな事があるのかにも、もっと目を向けていきたいなと感じました。

 

なんて真面目な感じですが、、、とにかく素晴らしいものは素晴らしい!そして直接指導してもらった時間はいつまでも自分の宝物ですね。

この機会をくれたモコに本当に感謝。

これから大坂、名古屋、長野など、、まだあと3週間もあります。

「アイサタは年だけど頑張ってるから」とよくモコが言いますが・・・その隣にいる〇〇美さんも同じ年・・・・!あ!!

笑。あまり茶化すと怒られるからね。

年だけどってゆうけど、今の日本の若者と比べても全然強いし体力もある。やっぱり人生、積み重ねてきた事って大事ですね。

ちなみにアイサタはギニアのキシドゥグの方で育ったらしいですね。小さな頃から鉄琴作りのおじいちゃんの隣でいつも音を聞きながら歌ってたと話てくれました。

この辺もまた興味津々。

そんなわけで1日だけの貴重な体験でした。

LOVE AISSATA ★

 

Africa面白い!

またもや久しぶりの更新になってしまいました。

GW前からPAPSONの来日WORKSHOPでバタバタしてたのですが、お陰様で5月2日のセネガル×コートジDAYは大盛況に終わり、久しぶりの筋肉痛で次の日は重い体に鞭打ってのフィットネス発表会・・・そしてPAPSONの奥多摩合宿に行ってきました。

イボアールのdanceをじっくりやったのも久しぶりでした。campは割と少人数でしたが、充実のクラスを2コマ受けられたので個人的には大満足でした。

PAPSON、日本に来て初めての温泉に大興奮。入る前のワクワクした顔が面白かった。ホントに面白い人でした!

PAPSONのハイテンションにイベのまったりした感じがまたいい感じでした。まだPAPSONに会ってない人はぜったい会ってほしいです。月末にもあるそうで、5月29日はliveもあるので絶対見てほしいですね。めっちゃ面白い人です。

 

 

GWの後半は茨城の実家へ里帰り。ちょうど陶器市を終えて静かでした。笠間、古い町でとてもイイところです。

97歳のおばあちゃんは自分の部屋が2階なんですが、毎日階段を上り下りするのも最近は大変になってきました。ちょっと心配ですが、まだ気はしっかりしていてわがままも言いたい放題なので、大丈夫そうです。

愛犬の柴犬雑種のカイは最近になって首がななめに曲がってしまう症状で、原因不明ですがたまに頭の重みでよろけてしまいます。こっちもまた心配です。でも相変わらず食欲旺盛で元気そうでちょっと安心。年も13歳という事で高齢になってきたのですが喧嘩っ早くて強いのでまだまだイケそうです。

 

 

そんなこんなで色々心配事も絶えませんが、今年も色々バタバタしたGWが過ぎて今日は久しぶりにメタギのリハ。

最近、バンドがすごく楽しいです。音楽が楽しいです。danceも最高に楽しくていつもワクワクします。

 

メタギは今年で10年目を迎えますが、9年目で色々ありました。9年間一緒にやってきたメンバーの脱退、そして新しい出会い。

前向きに捉えれば可能性が広がってとてもいい転機を迎えたわけです。その反面、立て直しには時間がかかります。それもまた楽しみです。

別れがあれば出会いがあるんですね〜。不思議なもんです。

 

 

 

個人的に思う事ですが、ギニアの音楽って本当に面白いなあって思います。POPSも面白いです。ギニアはとにかくギタリストがずば抜けてすごい人が多いです。

 

ギニア人のプレイヤーは格別!

今年はマリに行って亡くなったザニジャバテのfamilyにもお世話になり、そこでもスンバらしいギタリストに出会いました。

高木君はずっと習ってましたが、彼も凄いプレイヤーでした。いるんですね^世界には凄い人が沢山!!アンビリバボー!!

 

Africaの面白いですよね〜

ギニアで言えばスス、マリンケ、フラ、キシ、ランドゥマ・・色んな部族がいますが、それぞれの村にはそれぞれの文化、リズムと歌があって、

 

おそらく日本人でもヨーロッパ人でも現地に行ってる人でもそれぞれの文化を見てきた人はごくわずかではないかと思います。Africaに行ってもそう簡単には見る事が出来ないからです。

 

もちろん村の人も他の村の音楽は知らないし、自分達の音楽しか知らないのが普通ですが、たまに都会とか他の村を行き来してる人がいると、伝わってきたりもしてる様で、

それも少し違った形になって伝わってしまったりしてます。

 

マリとギニアもそんな事が起きてるし、ガンビアとマリでも似た様な事が起きてます。そしてセネガルとガンビアもそれが起きてます。

都会の音楽を知ってる人や私たちの様な外人は色んなリズムを知っていて、村に行けばその部族のtraditionalのスタイルも見る事も出来ます。

 

 

マンジャニ、ギネファレ、ソボニンクン、ソンソネ・・・まるでどの曲も一か所でやってる曲かのように言ったりもしますが、実は全然それぞれ違う場所、

部族の文化であったりしますよね。お互い知らないのが普通くらい離れた場所で起きてる音楽だったりもします。

ガンビアとセネガルも面白い歴史がありそうで

楽器も大きさは違うけど似てるし。リズムは全然違うけど、何か関係がありそう。

 

 

元々セネガルとガンビアは1つの国。

サバールはセネガルの海岸から内陸までいろんな部族、様々なリズムがありますが、セネガルの中に小さなガンビアという国があるのをご存知ですか?

奴隷制の頃はヨーロッパの領土となり、国が分けられてしまい、「ガンビア」となって、その後一度「セネガンビア」という国名を付けられたそうです。

本当なのかは分かりませんが、ガンビアで太鼓を習っていた時に、その先生が教えてくれたガンビアのソールバの歴史。

サバールという楽器、今はセネガルの物という認識だけど、今のガンビアがあるエリアに昔はサバールが盛んにあったそうです。

ガンビアがイギリス領土だった頃、黒人音楽が禁止されて、小さな音で小さな楽器で自分たちの音楽をする様になったのが最初でソールバが出来たそうです。

セネガルのウォルフ族やセレル族もサバールを叩くけど、ガンビアエリアにあった楽器が伝わったのだと言う話を聞きました。セネガルの音楽も、

イスラムの影響がすごく強そうな気がします。

 

 

ガンビアの人は自分たちはセネガルではなく独立した「ガンビア」であることに誇りを持っていたので「ガンビア」に戻し、今に至るという流れもあったそうです。

その名残で今も海岸沿いには「セネガンビア」という地名が残り、そこは白人のバカンスの場所として賑わっています。

ちょっとエグイ話ですが、そのセネガンビアにはギニアから沢山のartistが出稼ぎに来ています。

白人が泊まってるホテルの近隣にある高級レストラン、リゾートエリアでの仕事です。

そのエリアの一角に人気のレストランがあり、その名前が「ホワイトモンキー」。

名前を付けたのは恐らくガンビアの人でしょう。

ギニア人artistと仲良くなってレストランの仕事に一緒に行きました。昔の奴隷制、差別は今も形を変えて続いていました。

高級なレストランで食事をする白人の前でliveをやって投げ銭をもらうギニア人。

liveが終わるとまかないもなくお腹を空かせたまま店を後にし、自分達の家に帰って昼に作ってあったご飯を皆で食べる。

白人はビールをたらふく飲み、ワインに豪華な料理を食べ、余裕にお金をまく。

ギニア人は彼らをホワイトモンキーと呼ぶ。

実際すごい光景でした。セネガンビアでは日常の光景。

 

 

話は変わって

ガンビアの下には「カザマンス」と呼ばれる地域がありますが、そこに行った時も面白いなあと思いました。

そこはセネガルですが、間にガンビアが挟まってしまっていてダカールに行くまでにはガンビアを通過しなければいけないという、何とも意味の分からない事になってますが、イギリスはガンビア川を占拠したかったんでしょうね、見事に川沿いを囲むように薄っぺらくガンビアがあるんで、その下に位置するカザマンスは国はセネガルで、ギニアの北西部の国境とガンビアの南側と隣接するとても面白い地域なんです。

ソールバやブーカラブが盛んで、ギニアに良く似た形のリズムをやってました。

ギニアと言っても、北西部のバガ族やランドゥマ族の文化がそのまま楽器がソールバになった、そんなリズムでまるでギニアと同じ。国も楽器も違っても踊りやリズムや音楽の雰囲気がそっくり、ほとんど同じ、なんなら人間も言葉まで似てます。

「分けられた」だけなのが良くわかります。

 

面白いですね〜。

元々は1つの王国だったのがよく分かります。

言葉からも良くわかります。ガンビアのマンデン言葉とスス後とカソンケ語はよく似てます。

ススとカソンケは楽器も似てます。そしてリズムもほとんど同じです。

ススはボテというビンジャカジャガという音が鳴るババと呼ばれるベルを持ちナットを指に3つもつけてドゥンドゥンの様な役割のボテという太鼓を叩きます。

ボテはバラフォンと一緒に演奏するスス族のトラディショナルの楽器で中に水を入れて叩きます。

カソンケもナットを指にはめてベルを鳴らしながらドゥンドゥンを叩きますよね。太鼓の皮は山羊と牛で違いますが、ギニアとマリは気候が全然違います。

言葉も似ていてリズムの形がそっくりで、太鼓も似てる・・・何か他人とは思えないですよね。

きっと昔昔、カソンケの人が何らかの理由でギニアへ流れて来てボテになったのか、その逆なのか・・想像するとすごく興味がわいてきます。

ダラマンに聞いてみたらダラマンも気になってるみたいで、そこについては自分のルーツでもあるので勉強したいと言っていました。

そんな事を色々思いながら、マリの音楽、ギニアの音楽、セネガルの音楽、ガンビアの音楽・・自分達が行った国々の音楽がどんどん繋がっていくと同時に

謎めいた部分とか今まで見てきた事が急に他の国に行ってリンクしたり、面白いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログ更新がなかなか時間が取れずにまたもや久しぶりの更新ですが・・・

日本もついに!春がやってきた感じがする今日この頃ですね〜

成長するにはいい季節、新緑がすくすくと植物が綺麗な季節でいいですね〜。

毎年の事ながら、今年もいろ〜んな事がありました。

早々に飲みに行ったりした友達には色々な土産話が出来ましたが、自分の記録としても日記にしておくのはよいと思って、ブログを書いています。

たまたま見てくれた人は通りすがりな感じでコメントしてくれたらうれしいです。

 

そう、バマコのイメージってみんなそれぞれあるんだと思いますが、バマコで見た音楽の半分くらい?は他の国(ブルキナやギニア)からのものが多かったのには驚きました。

国立舞踊団を筆頭に小さな、個人でやってるようなバレエ団も点在していて(とはいってもそんなに沢山ではない様ですが)

その舞踊団によってスタイルが違い、大抵はグループに1人凄い太鼓叩きがいて、他はまだこれからって感じのartistで構成されています。

ちなみに、私はその小さな舞踊団では習ってきてませんが、見に行ったりしてました。

ふと立ち寄ったバレエ団の練習風景。

曲はなんと ドゥンドゥンバ⇒ギニアサバール⇒ソコ⇒マンジャニ⇒ギネファレ⇒ソンソネなど

 

まるでギニアの舞踊団の様にめちゃくちゃ早くてリーダーはすごい!

リーダーは「バシリ」という人でオーストラリア人と結婚してるこの辺りではちょっと有名な人。

まるでギニア人の様な叩きっぷり。

ダンサーも皆バリッバリのバレエスタイルで。ムキムキだし鍛えられてますって感じ。

最近やってないなあ〜こうゆ〜の、と思ってちょっと踊ってみたら、意外とルールはギニアと違うのにびっくりしました。

ギニアの「お決まり」は全く通じない様子で

一応曲はギニアの曲、みたいな感じでした。

他にもブルキナのバラフォンがいたり、なかなか面白いグループでした。